「今日のよるごはん何がいい?」
「えー、なんでもいいよ」「あるものでいいよ」「いまご飯食べたとこやからまだわからん」

「「そんなんわたしだって同じや!でもいまから考えて買い物いかな夕方詰むやろ!!(心の叫び)」」
こんな会話、今週もしませんでした?
夫はお腹が空いてから決めればいい側。自分は作る側。お迎え前までに決めておかないといけない側。
「なんでもいいよ」にイラっとする本当の理由は、相手が「今決めなくていい側」に立っているから。
夕飯の準備は買い物…どころか「考え始めた瞬間」からもう始まっていたことに、自分すら気づいてなかったんです。
これが俗にいう、【見えない家事】ですね。れっきとした【家事】です。しかも一番重いやつ。
がんばりが報われないほどしんどい
いざ、献立考えた、買い物いけた!あと作る!ってなって意気込んだら、
「うわ、これ買い忘れた。今日のメニューもう変更確定です。」みたいなね。
追い打ちをかけるようにグズるお子。準備しながらお子見て、、何作ろうと思ったっけ?なんの作業中やっけ?
ちゃんとしようとすればするほど、「できない」ことに目がいってモヤモヤイライラが積もっていく。
「ちゃんと」を履き替えた日ー17:30、ヨシケイの箱を開けるだけになった
わたしの過去の「ちゃんと」と、いまの「ちゃんと」は、がらっと変わりました。

今までは、「献立を考える→子供の機嫌を見ながら買い出し→頭を使って調理」
現在は、「開封の儀→何も考えずレシピをみて調理」
17時30分ころにヨシケイの箱を開けて作り出すとき、ふと声が漏れました。


あ、これだけでええんや
結果として食卓にちゃんとしたご飯が出ていれば、それはもう「ちゃんとした夕飯」になっているのだと、私自身思うようになりました。
これで、家族の栄養バランスも整って、自身の精神衛生も整って、美味しい夜ご飯が食べられるのは、はなまるだなと。
献立を考えなくなったら、料理の幅が広がった
ヨシケイを使っていないときは
「あー、あれ食べたいけど、調味料揃えるとこからやな」とか
「これ食べたいけど、レシピ調べるとこからか、、」とか
イチからすることがまた増えていくので、結局同じようなメニューや、作り方のわかるもので済ませていました。
ヨシケイを利用し始めてからの食卓は、「イチからやらな」がなくなったので、作りたくても面倒で敬遠していたミルフィーユカツも作れちゃいました。実際に作った時の写真はこの記事に載せています。

食べてみたかったもの、作ってみたかったもの、出会ったことないレシピなど、とにかくバリエーション豊富で料理の幅が自然と何も考えずとも広がる楽しさもあります。
夕方の我が家のリアル
ぶっちゃけ時短ってほどの短縮はできてません。コースにもよると思いますが、日によっては30分以上かかることもあります。
なので「調理時間を1分でも削りたい」が最優先の方には、正直向いていません(その方は、カットミールかタイムリーミール向きです)
でも、消せたものがあります。それは「考える」「決める」。
献立、食材調達、冷蔵庫管理などなど、見えない家事の大半を手放せました。
以前までのわたしは、夕飯準備中にグズられたり、かまってちゃん発動されると、かわいい<憂鬱 と感じてしまうこともありましたが、夕方の買い物や献立を考えるなどに労力を割かなくてよくなったので、
「お腹すいたん?じゃあ果物あるから切ろっか?」
「絵本読むの?何読む?好きなの選んでおいでー」
など、子供への対応がこれまたガラリと変わりました。
ブログに起こすまで気づいていなかったんですが、
心の余裕ってこうやって消えたり、解決すると生まれたりするんだな。と身をもって実感しました。
ほんと毎日「ヨシケイ様々やわ。」と心のなかで合掌しています。
夕方がどうなったか
料理の作業時間として浮いた時間は、ほんの5分10分です。
買い物時間を計算にいれると、もっと浮かせられます。
献立ではなく「買い物」のほうがしんどい方は、「夕飯の買い物行きたくない」にスーパーをやめた話をまとめています。
でも、ほんとに浮いたのは、脳のキャパと、心のキャパでした。
浮かせられたキャパは、こどものおままごとや、犬の散歩、家族とながらではないじゃれあいなど
「やれたらいいな」を「楽しんでやれる」夕方にできました。
正直に言うと、うちの夕方を変えたのは「お試し」ではありません。
2回やめて、2回戻ってきた結果です(その顛末はこの記事に)。
でも、これから始める人は、私みたいに10年かけて確かめなくていいです。
いまは5日間だけ試せる入口があります。



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